P.K.G. MAGAZINE | パッケージを考える

COLUMN

デザインがもたらすブランドの化学反応

2018.05.25
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もので溢れかえる昨今、単純に生み出した商品やサービスを世に送り出すだけでは、結果が伴わないことは言うまでもありません。各社、独自性を追求してみたり、潜在ニーズを掘り起こしてみたりと、あらゆる差別化を計って生き残っていける新商品を開発しています。しかし飽和した社会でブランドとして定着していくには根気と投資が必要で、なかなか思うようにいかないのが現実のようです。

検索すればあっさり出て来ますが「ブランド」の語源は、家畜に押されていた焼印がルーツだということは有名な話。「〇〇印がついてるから間違いない」と、焼印はいつしか品質を約束する証になっていったのだろうと容易に想像ができます。現代において焼印はロゴマークに置き換わり、人はそこに「品質」に対する信用をみます。このことからもわかるように、重要なのはエンドユーザーがロイヤリティを持つのは「ロゴマーク」にではなく「品質」であるということ。ここでいう「品質」はデザインやコミュニケーションも内包した大きな意味での「品質」ですが、核になっているのは、ものやサービスの純粋な「クオリティ」です。ロゴマークはあくまでも門構えに過ぎません。美味しいからまた買う。使いやすいからまた買う。常に私に向けてくれるからまた買う。このように、当たり前の話ですがデザインの良し悪しのみでロイヤリティが生まれるわけではなく、その商品やサービスが持つ質にこそ、ブランドとなりうるポテンシャルがあるということです。

ブランドの核は「品質」。当然なのに忘れがちなことです。その上でデザインという行為が果たすべき役割とは何でしょうか。ブランディングを自分なりに意訳するなら、抽象的ですが「盤石にしていくこと。盤石を保つためにするべきこと」だと考えています。ブランディングは決してかっこいいロゴマークを作って商品数を増やすことではないし、見た目を良くしてそれっぽくすることでもありません。自分自身、技術に頼って陥りがちな当たり前の落とし穴ですが、兎角そうなりがちです。しかし「盤石にする」と言っても、当然そこまでの道のりは決して簡単ではないもの。知ってもらい、信用してもらい、買ってもらい、満足してもらう。これで1サイクル。このスパイラルを何周もして、ようやくブランドロイヤリティを確立できたと言えます。そこまで成熟するにはとても時間のかかることで、エンドユーザーにとってもその費やした時間とお金の分だけ、信用できるブランドであるということではないでしょうか。

そうなるまでには、当然そのプロセスの全工程での努力が必要です。品質に自信のある企業は当然、正攻法の「知ってもらう努力」から始めるでしょう。しかし、それだけで完結しては連動性が持てず「知ってもらったはいいが選ばれない」ということも。「広告はよく見るなあ」なんてよく聞く言葉です。人は自分に向けられているとわかっていても、信用というプロセスを経ないと、その次の購入というプロセスに移行できない。そしてこの信用というフェーズで一番力を発揮するのが、デザインというプレゼンテーションなのではないでしょうか。いきなりライターで炭に火をつけることができないように、ブランドを確固たるものにしていくには、周到な準備と各フェーズでの努力が連動していくことが必要なのだと感じます。

職業柄、日々デザインとブランドの関係性について考えます。ブランドの核が「品質」なのであれば、極論を言ってしまえばデザインはブランドを促進させるためのツールなのではないか。もっと言えばブランド確立の各フェーズにおいて必要な、活性剤のようなもので、かつエンドユーザーとブランドの核たる「品質」を次のフェーズにつなぐ、架け橋のような存在なのではないかと。デザインは「品質」と混ざり合い、ブランドという形のない大きなものに変化していきます。一概に言えないかもしれませんが、少なくともブランドが成長していくスパイラルの中で、デザインだけを切り離して考えられない存在であることは明確です。ブランディングにおいては、デザインは後付けの解決策ではなく、周到な準備として必要なものだと考えています。

P.K.G.Tokyo ディレクター:柚山哲平


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