P.K.G. MAGAZINE | パッケージを考える

COLUMN

アルゴリズムが奪うものとは 〜ブランディングはどう進化すべきか〜

2024.11.27

現代社会では、私たちの生活はアルゴリズムに大きな影響を受けています。日々のニュース、音楽のプレイリスト、ショッピングのおすすめに至るまで、個々の嗜好(しこう)に合わせた情報が提示されています。パーソナライズによって、かつてのように誰もが「好き」と思える共通の価値観は薄れ、個々人が独自の価値基準を持つようになりました。アルゴリズムは私たちが大量の情報の中から「好き」なものを効率よく選択するのを助けてくれます。その一方で、新しい価値観や予想し得ない出会いの機会を喪失させ、私たちの視野を少しずつ狭めているようにも感じます。消費者とのコミュニケーションの在り方が変容していく中で、ブランディングに求められることとは一体どのようなことなのでしょうか。

昨今、消費者の購買データや行動履歴から嗜好(しこう)を把握し、それに応じた商品や広告施策を作り出すことで顧客満足度を高めていくデータドリブンマーケティングが主流となっています。データの裏付けはリスクを回避し、投資判断を後押ししてくれますが、画一化したアプローチに陥りやすくなります。似たようなデータを基にした広告やキャンペーンが増えることで、市場全体が同じ方向に流れ、差別化が難しくなるのです。その結果、ブランドが持つ本来の個性や独自のメッセージを薄れさせ、短期的なニーズに応えるだけの消費される存在になりかねません。データを重視した合理的なマーケティングは、全てを説明しきり、ブランドについて「語る余地」や「考える余地」を失わせてしまう可能性をはらんでいると感じます。

とはいえ知らない商品やサービスを購入することはできません。データドリブンなマーケティング手法は認知を得るには有用です。しかし、ブランドが本当に長く愛される存在となるためには効率的なアプローチだけでは不十分です。ここで重要なのはスローな視点 ―すなわち、時間をかけて築き上げる信頼やストーリー、そして情緒的なつながりではないでしょうか。一時的な流行に乗って話題を呼んでもすぐに消えてしまうブランドが多い中で、歴史やカルチャーと強く結びつき愛されるブランドは、ブランド自体が一種の「カルチャー」や「アイデンティティ」として機能しています。

たとえば、アメリカ発のブルーボトルコーヒーは日本の喫茶店カルチャーからインスパイアを受けた「サードウェーブコーヒー」というムーブメントをけん引しながら日本へ上陸しました。 “おいしいコーヒー体験は、人生をより美しくする” という考えの基、コミュニティを大切にした独自のブランディングを展開しています。日本から撤退する海外ブランドが後を立たない中で、9年間で25店舗というスローペースで着実に店舗数を拡大しています。

データに頼る画一的なアプローチだけでは、消費者が本当に共感できる「ストーリー」や「体験」を生み出すことは難しくなりつつあります。時間をかけて培われた歴史やカルチャー、そしてブランドが掲げるアイデンティティを軸に、消費者と深い信頼関係を築くことがますます重要になるはずです。これからの時代に求められるのは、短期的な成果に固執するのではなく、長期的なブランド価値を持続的に高めていく視点なのではないでしょうか。ブランドは消費者に「選ばれる」存在ではなく、「共感され、長く愛される」存在であるべきなのかもしれません。

参考:Coffee in Nature|BLUE BOTTLE COFFEE https://store.bluebottlecoffee.jp/pages/coffee-in-nature

P.K.G.Tokyo 深津 貴史

METHOD

日本酒 FRESH VINTAGEのブランド・デザインができるまで

2020.09.18

先日、リカー ・イノベーションから発売された FRESH VINTAGE。こちらはP.K.G.Tokyoで企画からデザインまでを手掛けました。
FRESH VINTAGEは、ビンテージなのにフレッシュという相反する口当たりをあわせもった、新感覚な日本酒です。しぼりたてのフレッシュな日本酒を-5℃の氷点下で長期間熟成する事で新酒らしいキリッとした味わいと熟成酒らしいまろみのある口当たりを実現しました。酒蔵の中野BCさんによると、その製法にはなんと10年以上もトライアルを重ねられたとか。
フレッシュな味わいとヴィンテージな味わい。まさにその味わいをそのままネーミングにした日本酒です。ロゴタイプも新旧を感じるフォントを選定し、相反する味わいをラベルのツートンカラーで表現しています。3種類あるラベルはそれぞれの味わいをイメージカラーとして配色。酒米の王様と呼ばれる山田錦を使った兵庫山田錦はマットとグロスによる質感の違うブラックにて表現し、和歌山山田錦はカーキとネイビー。やや甘みが強く感じられる備前雄町はピンクとカーキとしました。カラー選定時は実際に貼りつけると湾曲するので色の印象が変わったり、ツートンカラーによる色の相性も苦戦しました。ツートンカラーも単純に垂直に色面分割するのではなくあえてスラッシュにすることで、古典的な日本酒のイメージから掛け離れ、日本酒ジャンルには少ない洋な顔立ちになりました。
今回はそんなFRESH VINTAGEのデザインができるまでの制作一部をご紹介したいと思います。

FLESH VINTAGEを商品化するにあたって、我々が着手する分野はデザインだけに留まりません。 まずはじめに、蔵元、クライアント、デザイナーなどプロジェクトに関わるメンバー全員で、共通の認識を持つためにワークショップを実施します。ワークショップでは、商品を誰にどんな思いを持って買ってもらいたいのか、何を1番の売りにするのかなど言葉にすると難しいイメージやゴールを共有しながら、市場におけるストラテジー策定のためのディスカッションをします。ワークショップは終始「こんな人に買って欲しい!」「うーんもっとこんな人じゃないかな?」と和気あいあいとした空気で進行しました。「きっとこの日本酒を買う人は表参道に住んでいて、GINZAなんかをパラパラとめくりながら週末のファッションや食事を考える女性かな…」なんて想像を膨らませながら話し合うのはとても楽しいディスカッションの時間でした。

この日本酒は誰に買ってもらいたいのか、その人はどんな服を着て、どこに住んでいる?どんな目的を持ってこの日本酒を買っていくのか。そもそもこの日本酒は他と何が違って、どんな価値があるのか。この日本酒を飲んでみて、どうなりたいのか。そんな事を数時間話し合い、意見交換しながら付箋に書き留め、整理するとこの商品の戦略が見えてきました。

さらにワークショップで出たヒントを元に戦略シートを制作。すると、デザインの方向性がかなり明快になってきます。この商品の顧客となる彼女(ペルソナ)の身になって想像すると、この日本酒が持つべき雰囲気やトーン&マナーが具体的にイメージされてきます。

戦略シートやペルソナを元に、ムードボードを制作します。ムードボードとはアイデアやコンセプトを1枚のシートにコラージュしたもので、一概に一言で共有しきれないイメージを絵や写真で説明するものです。例えば「クールでシックなデザインにしましょう」と共有しても、受け取った人や考え方によって「クール」や「シック」のイメージにズレが生じます。その際にムードボードを制作する事で目指したいデザインの認識を共有することができます。 今回の日本酒では、ペルソナの趣味趣向を想像したファッションやインテリア、彼女らが足を運ぶであろうお店の雰囲気やロゴ、身につけていそうなアクセサリーなどをコラージュしたムードボードを用意しました。3種類のうち、たとえば和歌山山田錦や備前雄町のカラーリングは味わいのインスパイアに加え、ムードボードから抽出したペルソナをイメージされるカラーリングでもあります。 そして、ネーミングとデザインの提案です。ネーミング案は全員でイメージを膨らませながら候補を出し合いました。相反するイメージの「ウラハラ」や「八方美人」、「ずるい女」。また製法イメージの「Sleeping Beauty」、味感イメージの「きりりとまろろ」など今になって振り返っても捨てがたい案がたくさん。そうして最終的に決定したものは最も端的に新酒と熟成酒の味わいを一言で説明した「FRESH VINTAGE」となりました。

デザイン提案では、今までに設定したペルソナやムードボードから抽出したストラテジーに基づき、厳選したデザインを提案しました。提案時はカンプと別にダミーボトルも用意。蒸着紙に印刷したものや、黒箔のクロマテックを慎重に転写して準備したこだわりのダミーもあります。リアリティのあるダミーを提案することで完成イメージも共有することができました。(提案の一部)

そうして完成したデザインは、新酒らしいフレッシュと熟成酒らしいビンテージの相反する味わいをイメージしたツートンカラーのラベル。ペルソナイメージのミーハーで好奇心のある女性が、ちょっと良い新しいものを飲みたい、この発見を友人に共有したいと思うデザインです。

伝統的で新しいものが出にくい傾向にある日本酒。10年のトライアルを重ね、今まで経験したことのない味わいのFRESH VINTAGEは、保守的な日本酒において、新しい顔立ちで登場した新時代のお酒です。

こうして完成したFRESH VINTAGE。 このようにP.K.G.Tokyoでは、ワークショップを通してストラテジー策定を実施し、商品の戦略案を提案したのちにデザイン開発をしています。デザインをしていく上では、ゴールを共有する事はとても大事なことです。ワークショップによるストラテジーの開発はデザインする過程の中でも商品が迷走しない為に道筋を立てる重要なステップだと考えています。今回のFRESH VINTAGEでも、売りたい相手やアイデンティティーが明確になったからこそこの素敵な日本酒にハマったデザインができたのではないかと思います。

ビンテージなのにフレッシュという相反する口当たりをあわせもった、新感覚な日本酒。ちょっとしたご褒美や新開拓したいときに。ぜひ酒米別・年代別でもお楽しみください。

・FRESH VINTAGE 2016 和歌山山田錦 720mL ¥8,800(税別)

・FRESH VINTAGE 2018 和歌山山田錦 720mL ¥7,800(税別)

・FRESH VINTAGE 2016 備前雄町 720mL ¥7,800(税別)

・FRESH VINTAGE 2014 兵庫山田錦 1,800mL ¥12,800(税別)

https://kurand.jp/

 

P.K.G.Tokyo 横田栞

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