P.K.G. MAGAZINE | パッケージを考える

NEWS

伊勢抹茶 / 伊勢茶 サンプリングパッケージ

昨年アゼルバイジャンにて製造販売開始された伊勢茶。
順調な滑り出しだったにも関わらずその後新型コロナウイルスが猛威を振るい、
海外向けのお茶需要が激減してしまいました。

そこで国内においても伊勢茶の魅力を伝えるべくHISの関連ホテルや店舗でサンプリングをすることとなり、P.K.G.Tokyoは昨年に引き続きパッケージデザインを担当しました。

ブランドロゴ、基本的なトーン&マナーは海外販売のデザインと統一しつつ、
外袋はオリジナルの紙袋を作成しホテル土産らしさのエッセンスを加えました。
外袋を開けると中に4種のお茶が入っている、限定30,000セットのアソートです。

見かけたらぜひ飲み比べを楽しんでみてくださいね。

P.K.G.Tokyo ディレクター:中澤亜衣

COLUMN

時代と共に変化していく「サービス」のおもしろさ

2020.12.17

時代と共に様々なサービスやシステムが大きく変わろうとしています。
今回はわたしが日々の生活の中で面白いと感じた、これまでとは違う新しい「サービス」を紹介します。

オンライン寄せ書き「yosetti」
https://www.yosetti.com

こちらはオンラインで寄せ書きを作成するwebサービス。
web上で集めたメッセージデータをpdf化、実際に寄せ書きとして形にして相手に発送できるもので、友人の結婚祝いにあたりこのサービスを知りました。色紙を購入→メッセージを書き次の人へ回す→全体を装飾する、、様々なプロセスを経て行う「寄せ書き」ですが、オンライン上で簡単に作成が可能になりました。背景のデザインや文字の色は自由に選択し、写真の添付も可能。当初はオンラインの寄せ書きというイメージが、どこか希薄なのでは?疑心暗鬼でしたが、実際に使用する、手軽に使えること、書き直しが出来ること、出来上がったものを見られるなど、メリットも多く面白いサービスだと感じます。また物理的な距離があっても簡単に寄せ書きが出来るのは、大きなメリット。なるべく人との接触を避けなければいけない、今の時期にも使いやすいですね。

お花のサブスクリプション 「ハナノヒ」
https://www.hibiyakadan.com/shop/hananohi

最近よく耳にする「サブスクリプション」。月定額制アプリを使い、店頭で好きなお花を選び、スマートフォンでタッチで決済し購入できる仕組みです。これまで「花」を買うことがどこかハードルがある、また中には気恥ずかしいという人も多かったようですが、手軽さが人気で店頭で男女問わず、仕事帰りの方がスマートフォンを片手にさっと買っていく姿が多く見られ、印象的でした。数本から気軽に購入できることや、決められたお花が届くのではなく、自分で無理のない範囲で「選べる」のも人気の理由かもしれません。

これまで直接人対人のコミュニケーションを通さなければ出来なかったような仕組みが変化しています。そしてオンラインやデジタルの要素を取り入れたサービスに触れると、パッケージデザインにも新たな「仕組み、サービス」が出来るのではないかと感じました。オンラインで商品を見ながらの買い物はあたり前になってきましたが、ネット上の仮想空間で実際に商品を手に取るように買い物をし、商品を選ぶ時代もそう近くないのかもしれません。ラベルレスパッケージが登場した今、紙ではない新たな未来のパッケージなど色々な可能性も考えられます。

パッケージデザインの持つ素材の手触りや温もり、それが手に取る人に与える影響。それはとても大きな意味があるように思います。その一方、オンラインやデジタルにおける新たな視点を持つことも必要になっていくのだと感じました。私たちに大きな影響を与えたこの変化とともに、様々なサービスやものの在り方を考えていく転換期が訪れています。

P.K.G.Tokyo 大西 あゆみ

COLUMN

デザインの対価/イニシャルゼロ

人はその人にとって価値のあるものに対し、それを得るための対価として金銭を支払います。価値とはとても不確実なもので、その人にとっては価値のあるものでも、違う人にとっては無価値なものということもよくある話です。デザインという分野はとても誤解を受けやすい分野だと感じます。どんな誤解かと言うと、それは煌びやかさや華やかさこそデザインの本質であるという誤解です。デザインの果たす役割は装飾だけではありません。デザインが介在することによって達成できる目的は多岐にわたります。テレビドラマやCMなどで出てくるデザイナーは安直にオシャレで華やかな職業として描かれていますが、現場はもっとクレバーでストイックです。このことからも社会が抱く「デザイン」へのイメージが「何だかオシャレな職業」程度であることを見ると、社会がデザインに期待する価値と実際のデザインが社会に対してもたらすことができる価値とは、大きく乖離しているのではないかと感じるのです。

社会のデザインに対する「誤解らしきもの」が払拭できない現在。日常的にデザイン業務に関わりのない方々から見れば、デザイン費用はとても想像しづらいものかもしれません。デザインをお願いしたいけれど費用がいくらかかるかわからないという声はよく耳にする意見です。価格の相場が決まらない理由は、依頼できる内容の幅が広いことやデザインを提供する側のスキルが上と下で大きく異なるということもありますが、最も大きな理由はデザインに対する評価が人によって大きく差があるからだと感じています。デザインというものの捉え方が人それぞれで、個々でデザインの価値が大きく異なるのです。共通の価値を見い出せなければ、価格など決まりようもありません。全く別の商品を取り扱っているようなものです。多くの人の価値観で言えば、続けていくための必要最低限だけがあればよく、煌びやかさや華やかさはお金を払ってまで得る必要がありません。もし仮にデザインの目的が煌びやかさなのだとすれば、それは一部の人たちにとっての価値であり、その人たちだけに必要なものと言えるでしょう。例えるならパトロンと肖像画家のような関係性です。庶民や農民は生活に必要ない肖像画に憧れることはありません。当然、依頼することもなければ、対価を支払うこともない。デザインは一部の裕福な人たちの肖像画や宝飾品ではありません。デザインの本質は装飾ではないのです。デザインは目的を達成する手段で、その目的を煮詰め研磨していくことで結果的に美しいデザインが生まれるのです。私が考えるデザインはもっとパブリックで誰もが共有できる価値を持つものなのです。

誤解を恐れずに言うなら、デザイン費用は皆さんの考える価格より高いかもしれません。それは私たちデザイナーがデザインにそれだけの価値があることを知っているからです。しかし、デザインがもたらす真の価値を体験することができなければ、それに対価を支払うことができないのも事実。そこで私たちはベンチャー企業や中小企業が行う商品開発などに関して、イニシャルゼロというデザインフィーのシステムを実践しています。イニシャルゼロは、クライアントによるデザインの一括買い上げではなく、デザインにかかる初期コストをゼロ円にする代わりに、その商品の売り上げに応じて事前に決められたパーセンテージのロイヤリティを支払ってもらう仕組みです。デザインした商品がヒットすればそれに応じ私たちの利益も大きくなり、売れなければそのリスクを事業者と私たちが共に背負うというものです。当然、私たちにとっても目先の利益を追わないデザインでの投資となるので、事業者の本気度や商品の可能性を知った上、相互の利益のため実践する新しいデザインの料金形態です。
デザインの価値を広く知ってもらうためには、デザインに対する理解が必要です。そして、理解してもらうためにはデザインする意味を体験してもらうしかない。デザインの可能性を広げるため、私たちは新しいチャレンジを始めています。

P.K.G.Tokyo ディレクター:柚山哲平

COLUMN

デザインから伝わる「使いやすさ」の正体

2020.10.08

お店の入り口で押して開けようとしたドアが引き戸だったり、
ガラス張りの建物の入り口が見つからず困ったり、
飲料マシンの操作ボタンを間違って押してしまったり、
日々の暮らしの中で「何気ないミス」を経験した方も少なくないのではないでしょうか。

「アフォーダンス」は、アメリカの心理学者J・Jギブソンが「afford/与える、提供する」という意味から造語した、物理的なモノと人の関係を指した認知心理学における概念です。
J・Jギブソンは「アフォーダンス」をモノの属性と、それをどのように使うことができるかを決定する主体の能力との間の関係のことであり、物をどのように操作するかに強力な手がかりを提供すると定義しています。

コップの取っ手が「持つ」という動作をアフォードしている。
ドアに取り付けられた平らな板は押すことをアフォードしている。
ノブは回すこと、押すこと、引くことをアフォードしている。
小さな細長い穴は何かを挿入することをアフォードしている。

知覚されたアフォーダンスは、どんな行動を取りうるかを
表示や説明の必要なしに思い描く助けになるという考え方です。
回しやすい蛇口の形状や、操作をストレスなく行えるボタンのスイッチ、
押すと引くのサインが無くても簡単に開けられるドアの引き手。
意識しなくとも、自分の求める動作が自然と出来ている状態です。

パッケージにおいても、このような面から様々な包装材の工夫がなされています。
例えば、調味料のキャップ。開け口の小さな出っ張りが指の引っ掛かりを作り、
ワンアクションで開けられるようになっています。
また、ゼリーやヨーグルトのカップ、ハムやベーコンのフィルムの開け口を教えてくれる小さなつまみ。
このようなパッケージの「アフォーダンス」は一見何気ないものですが、
日々の暮らしをとても快適にしてくれるのではないでしょうか。

しかし、一方でパッケージに限らず、過剰な機能を増やしすぎたために
返って操作が困難になり「使いにくく」なったというユーザーの声も多く聞かれます。

人々が潜在的にモノを不自由なく使うためのアクション。
それを起こさせるためのデザインの構造や仕組みとはどのようなものなのでしょうか。
「使いやすさ」の正体のヒントを元に、今の時代本当に求められていることは
何なのか。これからも考えていくことが必要だと感じました。

「誰のためのデザイン?」
-D.Aノーマン(新曜社)

「論理的思考によるデザイン
造形工学の基本と実践」
-山岡俊樹(ビー・エヌ・エヌ新社)

P.K.G.Tokyo 大西 あゆみ

COLUMN

シンボルマークに見るアイデンティティ。

先日、2025年開催の大阪万博シンボルマークが発表されました。メディア上では「かわいい」や「怖い」といった賛否両論が繰り広げられているようですが、2020東京五輪のシンボルマーク以来、久しぶりの世論を巻き込んだデザイントピックとなっています。世間でデザインが語れる時、シンボルマークをはじめとしたマーク開発がよく引き合いに出されます。それはマーク開発というものが一般化し、デザインの一分野として確立されたものであるからだと感じています。では、シンボルマークやロゴマークとは一体なんのためにつくるものなのでしょうか。あまりに当たり前に世間にマークがありすぎて、もはや私たちはその意味を見失いがちです。今一度、その目的を検証してみましょう。

マークの歴史を遡れば、古今東西たくさんの事例が出てくると思います。例えを出せばきりがありませんが、日本で言えば家紋などが代表的でしょうし、西洋でも家柄ごとの古い紋章を研究した紋章学などの学問も存在します。さらに時を遡れば、古代から所有者を表すサインとしてマークが用いられていたり、判子なども自身であると認めるために、サインの代わりとしてマークを捺印することで古くから使われてきました。元来マークとは、歴史的に見ても「所有」「所属」「証明」など、個を特定するアイデンティティの表現を目的としていることがよくわかります。その中でも家紋や屋号は現代においても歴史あるアイコンとして使用されていますよね。老舗デパートや財閥系企業のロゴマークによく見られるものです。

話を現代に戻しますが、会社のロゴマークのことをCI(コーポレートアイデンティティ)と言います。先述のマークの役割で言えば「所属」を表すことが最も大きな意味合いとなりますが、CIはその役割だけにとどまりません。CIとは「会社のアイデンティティを見える形にしたもの」です。もし仮に所属の表現や区別を目的とするだけでいいのであれば、他のマークと違いさえすればなんでも良いので、管理番号のような数字の羅列で良いはずです。つまり、CIがCIたり得るためにはアイデンティティが表現されていなければならないのです。培ってきた歴史、組織の掲げる目的、守るべき信念といったイズムをマークにしてこそ、はじめて「アイデンティティ」と呼べるのではないでしょうか。この仕事に長く携わっていると「かっこいいマークを作ってください」というオーダーを時々耳にします。かっこいいかどうかは結果論でなければならないし、議論すべきはかっこよさではなく、何をパーパスとしているかです。かっこよさを真似ることはできますが、理念を真似ることはできません。アイデンティティを形にするからこそ、他と違うオリジナリティのあるデザインとなるのです。

歴史考証とともにアイデンティティという観点で1964年の東京五輪のシンボルマークを分析してみましょう。教科書にも載っている亀倉雄策氏のデザインです。終戦からおよそ20年。当時の東京オリンピックは日本が先進国として国際社会に復活したと、国内外にアピールするために非常に重要な国家プロジェクトでした。東日本大震災からおよそ10年経つ今日ですが、福島をはじめとする東北が完全な復興を遂げていないことを見れば、戦争で疲弊した当時の日本がどれほど急速に経済成長したかが伺えます。自信と誇りを取り戻すための通過儀礼がオリンピックだったのです。1964年の東京五輪のシンボルマークはその本質をとらえています。大きな赤い真円は、「日本」そのもの。当時の誰しもが失われかけた愛国心とアイデンティティをそのシンボルマークに感じたことでしょう。共感こそがデザインが持つ最も偉大な力です。ちなみに余談ですが、このオリンピックのシンボルマーク。「①シンボルマークを一貫して用いる。②五輪マークの5色を重点的に用いる。③書体を統一する。」といったルールによって運用されたそうです。現代の私たちが制作するCIマニュアルでも、シンボルマークのルール化とカラーマネージメントによるデザインシステムでブランドイメージをコントロールしています。私見ですが日本におけるブランディングの起源は1964年の東京五輪だったのではないかと感じました。かつてのオリンピックのシンボルマークを例に見ても、マークには大きな求心力が求められます。短絡的な思考で目新しさに惑わされるのでなく、皆が共感できるアイディンティティを形にすることこそ、デザイナーの為すべき重要な仕事なのではないでしょうか。

参考文献:東京オリンピック1964デザインプロジェクト

P.K.G.Tokyo ディレクター:柚山哲平

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