P.K.G. MAGAZINE | パッケージを考える

COLUMN

素材から社会を見渡す 〜 三井化学グループ「そざいの魅力ラボ : MOLp®」〜

私たちの暮らしの中にある小さな疑問や願い、現代の社会が抱える大きな課題を「素材」で解決することができるのか? 「素材」の魅力を再発見しながら、化学式を用いることで様々な問題や課題の解決を目指す、三井化学さんの社内オープンラボラトリー活動「そざいの魅力ラボ:MOLp®」 (https://jp.mitsuichemicals.com/jp/molp/)。プラスチックを単に悪いものとして排除するのではなく、その利点や特徴を活かしながら、これからの社会に適応させていく創意と工夫、そして「頭の柔らかさ」・・・。実際に素材に触れることで知ることのできる新しい体験は、「こんなことができるのか!」「こんな考え方があるのか!」という発見と共に、「未来」をはっきりと感じることのできる時間となりました。

■「NAGORI®」樹脂 (熱伝導プラスチック)
「美味しく食べられるプラスチックの食器があったらいいね!」 この一言から生まれた「NAGORI®(波残)」樹脂は、海水のミネラルから生まれたイノベーティブ・プラスチックです。世界中で淡水にアクセスできない人の数は10億人と言われており、世界の各地で、海水をフィルターで濾し淡水に変える活動が行われています。この海水の淡水化の過程でフィルターに溜まった「ゴミ」とも言えるこの海洋ミネラルを使用し、そこにプラスチックを混ぜて、プラスチック同等の成形性を持たせたものが、「NAGORI®」樹脂です。海洋ミネラルを8割近く配合することにより生まれた「陶器と同等の熱伝導性」と「重量感」を持っているため、冷たいものは冷たく、熱いものは熱く、が実現できる素材となっています。実際に氷水を入れたビアタンブラーを持ってみると、陶器でできたカップのようにずっしりと重く、ひんやり冷たく、手に触れる表面はざらりとした質感のあるものでした。プラスチックとは思えない感覚が、「美味しさ」を連想させるものとなっています。そして、そのまま海に捨てられることで、珊瑚の死滅といった新たな問題を生んでいた、濾過後の海洋ミネラルを原料として使用することで、海の豊かさが守られ、なおかつ、「どこの海水から採れたミネラルを使用しているか」が明確にわかるため、原料のトレーサビリティーまでもが実現されています。

手で触れた温度と口に入れた時の温度の乖離が大きければ大きいほど、本来の感覚が狂うことで、感覚や感性が育たないと言われ、製品自体がストーリーを持たず、重量感の無い軽々しいものは、粗末に扱っても良いという意識に結びつくと言われています。割れずに軽いという利点はあるけれど、温度を感じず軽いプラスチック食器に感じる簡素感や無機質感を、「NAGORI®」樹脂は見事に解決してくれています。

■「SHIRANUI(不知火)」(ウレタン系熱硬化モノマー)
SHIRANUI(不知火)は、メガネのフォトクロミック(調光)レンズに使用されている技術を、機能ではなく、色の変化を楽しむ「体験価値」として捉え直すことから生まれました。透明な素材が紫外線のライトを当てることによって、鮮明な赤、青、黄、緑、黒など、様々な色味に変化し、そして、時間が経つに連れて徐々に透明へと戻っていきます。この素材もこれまで難しかった糸にすることにトライしており、布への加工、服の仕立てが可能であるため、服を着用する季節、時間、街によって、それぞれ異なる色を持つ服を作ることができ、ファッションの分野でもアイデアの拡がりと実現性を持たせてくれる素材となっています。

そして「SHIRANUI」を密封包装している「スキンパック包装」。この「スキンパック包装」は、気密性が非常に高く、食品の劣化を著しく防ぐことができます。例えば肉ならば、10日程度、現状よりも消費期限を延ばすことができるそうです。肉や魚、豆腐などの柔らかい食品を密封することもできるため、フードロス削減へ貢献できる新しいパッケージの提案に大きな期待が持てるものです。また、従来のトレーに入った平置き陳列ではなく、縦型や吊るしての陳列が可能となるため、スーパーマーケットなどでの未来の陳列方法をも提案可能にしてくれています。

ここに挙げた二つの素材、製品はほんの一部ですが、その他にもMOLp®さんからご紹介いただいた素材と製品たちは、それぞれが個性的で多種多様なものばかり。そして、扱うそれら全てがストーリーを持ち、SDGsのいくつかの項目をクリアし、環境や社会に対する付加価値を持つものであるということが、驚きとともに、今まで見えずにいた視野を大きく拡げてくれるものとなっていました。

そしてもう一つ、とても興味深く見せていただいたものが、素材キット「MATERIUM」です。見て触れて、素材の質感を体験することができる、このマテリアル・ライブラリーには、素材の特徴説明として「カチカチツルツル」「グニグニぺたぺた」など、オノマトペの表現が加わっており、それぞれを触って持ち上げて、比べたりしながら、扱う際の実感として、素材を知ることができます。「限りなく透明に近いプラスチック」「限りなく凹凸の少ないプラスチック」「金属と区別がつかないプラスチック」など、ひとつひとつの素材の顔は本当に様々で、普段、紙以外の素材を扱うことや、素材の段階から見せていただく機会が少ないため、実験室にいるようなワクワクした気持ちで、素材の特徴や面白みを知ることができました。

ラボを「部活」と呼び、参加されているメンバーの皆さんが心から楽しみながら、これまで三井化学さんが継承し培ってきた素材や技術と向き合い、「機能的な価値」や「感性的な魅力」を再発見し、小さなきっかけやアイデアを、社会のために活かし、共有しようとされている取り組みは、とても刺激を受けるものでした。そして、それを「デザイン」と共存させることにより、素材の魅力を引き上げ、拡散させている点にも、共感するものが大きかったように感じます。

MOLp®さんにとっての「デザイン」とは、決して成果物としての「デザイン」のみを言うのではなく、アイデアや疑問、気づき、様々な問題と向き合いながら、それらを解決していくプロセスとその意識、そして、生み出される機能や感性が、社会にとってどんな意義を持ち、明確な形で貢献できているか否かを、常に複合的な視点で考え、実現させていくこと、その行為や仕組み全体を「デザイン」として捉えられているんだな、と、お話を伺いながら感じました。

具体的な目標を持ち、それに向けて自ら「考え」「楽しむ」こと、それが原動力。
ものづくりにおいて忘れてしまいがちな基本的な姿勢を、MOLp®さんの活動を通じて思い起こすと共に、とても楽しく、実りある時間を経験させていただくことができました。

〈三井化学グループ / 「そざいの魅力ラボ:MOLp®」 〉
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/molp/

P.K.G.Tokyo : 矢内靖子

COLUMN

パッケージが伝える「機能的価値」と「感情的価値」。その先にあるもの。

「プラスチックフリー」「脱プラスチック」という言葉を目にする機会が増え、多くの展示会などでは必ずと言えるほど、それらに関わるブースが設けられ、メディアを通じてニュースや記事に触れることが、年々増えてきたように感じられます。しかしながら、日々の暮らしの中で、私たち一人一人がその問題を意識し、向き合い行動していることが、どれだけあるでしょうか? より良い未来に向けて私たちができること…。そのために必要な意識とは、どのようなものなのでしょうか?

この秋、ネスレ「キットカット」ブランドより、外袋がプラスチックから紙パッケージへと変更された5つの商品が発売され、話題となりました。お菓子の大袋の外袋に紙パッケージが使用されることは業界初となり、生産上のコスト面を重視するのではなく、廃棄物のない未来を目指しての取り組みとして注目を集めています。
この紙パッケージ発売後、様々な企業のプラスチック削減に対する取り組みについてを聞くシンポジウムへ参加する機会があり、「環境問題に積極的に取り組むこと、それを実現し継続していくことは、世界No.1ブランドとしての責任。」と、今回の紙パッケージ開発に対する想いを話されていたネスレの方の言葉が、強く印象に残っています。

「キットカット」はチョコレートで最もグローバルなブランドのひとつにあたり、それを取り扱うグローバル企業が、消費者に見える明確な形として、プラスチック削減と環境問題への取り組みに対する意思、その実現性を示してくれたという点には、非常に大きな意味があり、多くの人に気づきや関心を与えてくれたという点からも、この取り組みの意義と貢献度の高さを理解することができるのではないでしょうか。

あり余るほど多くの商品が市場に溢れ、多くの企業が存在する社会において、環境問題や社会問題への実践的な取り組みを、目に見える明らかな形として消費者に見せること、その意思を明確に示すことが、企業価値のひとつにつながる時代になったことを実感します。

「キットカット」の紙パッケージには、プラスチック素材とは違う手触りや風合いなど、穏やかな「温かみ」があります。そして、どこか懐かしい雰囲気からか、スーパーやコンビニエンスストアの棚に陳列される姿に好感を持つことができました。それはそこに、商品を「手に取りたい」と思わせる温度感を感じることができるからなのかもしれません。

そして、この紙パッケージの使い道として「パッケージを切り取って想いを伝える折り紙を折ろう」というおまけの要素が備えられており、これには「最後まで美味しく、楽しく」という、ネスレのお菓子に対するモットーが込められているそうです。

この「折り紙」のアイデアによって、紙パッケージに対して「機能的な価値」だけではなく、「感情的な価値」が加えられています。これまでも様々なシーンで想いを伝える手助けをし、たくさんの誰かを応援してきた「キットカット」ブランドらしい「思いやり」を感じ、商品と共に提供される「伝える」というコミュニケーションによって、廃棄されるであろうパッケージが折り紙のギフトとして形を変え、感情を伴い生まれる“アップサイクル”を可能にしています。

現在、日本で廃棄されるプラスチック量は、年間900万トンと言われています。
「キットカット」の外袋を紙に変えることで見込まれる年間のプラスチック削減量は、約380トン。900万トンという大きな数に比べてしまえば僅かなようにも感じられるこの数字からは、「ひとつの企業」の「ひとつのブランド」の「ひとつの商品」、「その中の一部分」のパーケージ素材を紙へと替えるだけで、これだけのプラスチック量が削減されるということを知ることができます。そしてそれと同時に、私たちが普段何気なく買い物をし、食事をし、生活をする中で、どれほど多くのプラスチックを含めた廃棄物を出しているのか?ということを連想できるのではないでしょうか。

「今私たちの目の前にある多くのゴミたちは、どこへ行くのだろうか?」と考えた時、それらは決して消えて無くなることはなく、同じ地球の中でどこか別の場所へ移動しているだけなのかもしれない、という想いにたどり着きます。プラスチックから紙へと替えられたパッケージも、単なるゴミとして捨てられてしまえば廃棄物には変わりはなく、処理されていく末を想像した時、多くの課題が山積みという現実に気付かされます。

今回の「キットカット」紙パッケージの事例を通し、使用する素材の選択、3R(リユース、リデュース、リサイクル)やアップサイクルへの配慮など、パッケージやデザインの作り手として、今後向くべき方向や視点の先を 理解し直すことができました。モノ作りにとって重要となる、生み出されたモノが持つ「機能的な価値」と「感情的な価値」、それを生み育んでいけるという点においても、デザインという思考の持つ価値の大きさ、可能性を、改めて意識することができたように思います。そしてそこには常に、生み出すことへの責任が伴うということも。

3Rが提唱されて長い時間が過ぎた今でも、それらを暮らしの中に取り入れ継続していくことには、利便性が伴わないという難しさがあります。しかしながら未来を視野に入れた時、利便性の問題をクリアできるような、日常から生まれる発見や工夫、一人一人のモラルと意識が絶対的に必要となっていきます。「自ら考え、何を選択するか?」を個人に任されている時代だからこそ、買う側としての責任、消費する側の責任として、普段自分が手に取るモノは何かに対して正しいと感じられるものを選んでいきたい、そう感じます。「モノが生まれ、消費され、行き着く先を想像できること」。この小さな意識こそが、これからを生きる私たちが持つべき、重要な意識のひとつなのではないでしょうか。

P.K.G.Tokyo : 矢内靖子

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