P.K.G. MAGAZINE | パッケージを考える

COLUMN

ビジュアル相互理解のススメ

2026.04.23

イメージを言葉だけで共有するのは難しいです。たとえばハローキティを言葉で説明するとします。白いねこで、耳にリボンがついていて、二頭身で、目は点、鼻は丸くて、ひげがあって口がない。手足も丸っこい。ここまで聞けば、多くの人が「なんとなく」は想像できると思います。けれど頭の中に浮かぶ像は少しずつ違います。輪郭の丸み、顔の比率、リボンの大きさ。細部にいけばいくほど、ずれていきます。ですが実際のビジュアルを見れば、一瞬で「ああ、こういう感じね」と共通認識が生まれます。

娘(8)が上記言葉に導かれて描いた絵

言葉には受け手の想像をひらく力がありそれが魅力となる場面もあります。たとえば小説はその代表だと思います。文字情報から立ち上がる風景や人物像に幅があるからこそ、読む人それぞれの物語になります。小説の実写化がしばしば賛否両論になるのも文字から受け取ったイメージが人によって違うからでしょう。

一方で、ビジネスの現場では早く正確に認識を揃えることが求められる場面が多いのではないかと思います。デザイナーであれば絵を見ながら会話するのは日常ですが、そうではないビジネスパーソンはどうでしょうか。たとえば企画開発の人が自分の頭の中にあるイメージを他者に伝えたい時、どれだけビジュアルに意識を向けているでしょうか。

例で考えてみましょう。新規開発しているプロダクトを爽やかなものにしたいと考えたとします。その「爽やか」は、そよ風のような軽やかさなのか。それともレモンのようなシャープなキレ味なのか。同じ「爽やか」でも、イメージはまったく変わってきます。

爽やかという言葉から連想されるイメージ違いのビジュアル例

 

さらに言えば、色相や明度、陰影の強さ、余白の取り方、写真の空気感など、トーン&マナーが少し違うだけで、印象はもっと変わります。つまり、言葉だけに頼ると同じ単語を使っていても別の景色を見ている状態が起こるということです。そのときに有効なのがビジュアルを介した対話なのではないかと考えています。

私が提供している、プロダクトを届けたい相手を具体化するためのペルソナ策定ワークショップでは、ビジュアルを多用するようになりました。中でも一番盛り上がるのが人物写真を選ぶときです。同じ「30代・健康意識が高い女性」という条件でも、人物写真を選択すると一気に解像度が上がります。どんな服を選んでいてどんな日常を過ごしていそうか。何にお金をかけ、何に違和感を持ちそうか。

30代・健康意識が高い女性から連想されるイメージ違いのビジュアル例

 

言葉で定義した属性情報だけでは見えてこないものが、ビジュアルを通すと立ち上がってきます。これは単なる情報整理ではなく創造的な時間でもあります。

こうした体験を重ねるうちに、ビジュアルを使って物事を捉えることは単に認識を揃えるためだけではないのだと感じるようになりました。言葉や論理だけでは届きにくい感覚や全体像に触れ、自分の中にまだ曖昧に存在している何かを掴みにいく行為でもあるのだと思います。

一般的に、言葉や論理の整理は左脳、イメージや全体感の把握は右脳が得意だといわれます。もちろん実際の思考はもっと複雑で、左右が連携して働いているはずですが、少なくとも私たちは言葉だけで考えているわけではありません。七田眞さんの『超右脳革命』でも、左脳は順序立てて情報を処理し、右脳はイメージや直感を通して全体を捉える、しかし現代人は右脳を上手に使えていないという指摘がありました。

感覚や創造性に意識的にアクセスする方法として、瞑想のような実践が重視されるようになってきているのも自然なことなのかもしれません。教育でも欧米のMaharishi School では、生徒と教職員が1日2回瞑想する時間を日課に組み込み、それを集中力や落ち着き、創造性を育む土台として位置づけています。

こうして考えていくと、ビジュアルを使うことは単に見た目を整えることではないのだと言えると思います。自分の中にある曖昧な感覚をつかまえ、それを他者と共有できる形にしていく行為でもあります。だからこそデザインは大きな役割を持つわけです。

一方で、デザイン制作は一部の人の能力だと思われがちです。たしかに訓練によってクオリティが変わるのは間違いありません (それはどの仕事にも共通することですが )。私はブランディングとデザインの仕事において「何を伝えたいのか」が一番大切だと思っていますが、その「伝えたいこと」は、絵づくりのプロフェッショナルだから生まれるものではありません。

アイデアを考えたい時にビジュアルを集めてみることは、「伝えたいこと」を可視化する助けになるのではないでしょうか。頭の中にある曖昧な感覚を外に出し、言葉になりきらないニュアンスをビジュアルを通して確かめていく。そのプロセスは誰にとっても有効ではないかと思うのです。

一方、ビジュアルを集めるという行為自体はシンプルに見えても、慣れていない人にとっては難しさもあるのかもしれないと最近気がつきました。集めてもアイデアに昇華できないこともありました。どこを共通項として見るのか、何が大切なのか、それらを立ち上がらせていく必要があります。需要があれば、ビジュアルを使った方向性の共有方法をノンデザイナーの人向けにお伝えする機会があっても良いのかもしれないと考えています。

伝えたいことを持っている人が、自分の感覚を他者と共有できるようになるこ  と。そのために言語だけではなくイメージビジュアルを使うこと。それは誰にとっても役立つ相互理解の手法なのではないかと思ったというお話でした。

 

P.K.G.Tokyo  中澤亜衣

COLUMN

「割り切れなさ」を手がかりに

2026.04.02

ブランド開発の現場では、早い段階で方向性を求められます。何を目指すのか。誰に向けたものなのか。どんな立場をとるのか。そうした問いに向き合うたびに、そんなにきれいに割り切れる話ではないのに、と思うことがあります。

もちろん、方向性を示すこと自体は必要です。けれど、その過程で置き去りにされてしまうものについても、もう少し考えてみたいと思います。

 

言葉にならないものにも、手がかりがある

ブランドの方向性を考える場面では、経営層、営業担当、ブランドチーム、デザインチームなど、さまざまな立場の関係者が関わります。それぞれが見ている景色や優先したいことは、必ずしも同じではありません。だから、すぐにはひとつの言葉にまとまらない迷いや葛藤が生まれます。

そこには、守りたいものと変えたいもの、いまの顧客を見る視点とこれからの顧客を見る視点のように、簡単にはどちらか一方に割り切れない論点も並びます。そうした整理しきれていない状態は、一見すると厄介に感じられるかもしれません。けれど実際には、その企業や担当者が何を大切にしてきたのか、これから何を残したいのかが見えてくることもあります。

まだ言葉になっていない感覚のなかに、ブランドらしさにつながる手がかりが含まれていることがある。だからこそ、そうした思いや事情を言葉にしていくなかで、まだ言葉にしきれない違和感までな かったことにしてしまうと、大事な手がかりまで取りこぼしかねません。

 

うまく説明できないことが、重要でないとは限らない

実際の現場でも、クライアント側のご担当者が「なんとなく、これは違う気がするんです」と口にされることがあります。その一言は、議論を前に進めるには曖昧に聞こえるかもしれません。けれど、 あとから振り返ると、その違和感があった先に、コンセプトの核があったと気づくことは少なくありません。うまく説明できないことが、重要でないとは限りません。むしろ、すぐには説明しきれない ものほど、丁寧に扱う必要があるのだと思います。

 

迷いや違和感を置き去りにしないために

異業種からこの仕事に関わるようになり、多種多様なブランド開発の現場を見てきたなかで、強く感じることがあります。事業会社のなかには、本気でブランドをつくろうとしている人たちが確かにいるということです。大企業であっても中小企業であっても、「こんなものだろう」で済ませず、もっとよくしたいと考えている人がいます。見せ方を整えることにとどまらず、どんなブランドをつくりたいのかに向き合っている人がいます。

そうした姿勢に触れるたび、迷いや違和感をなかったことにせず、何を大切にしたいのかを見極めていくことが、ブランド開発では欠かせないと感じます。だからこそ、対話で耳を傾けたいのは、すでに説明できることだけではありません。どこで言葉に詰まるのか。どこで迷うのか。そうした割り切れない場所に、簡単には手放したくないものが表れます。

いくつかの可能性を見比べながら、それぞれの選択が何を残し、何を更新し、何を手放すことになるのかを丁寧に整理する。そのうえで、そのブランドが何を大切にし、どこへ進むのかを、企業や担当者とともに見極めていく。そこに、私たちの役割があるのだと思います。

 

P.K.G.Tokyo プロデューサー 深津 貴史

 

COLUMN

ブランドが求めるべきは画一的な正解ではない

2026.01.13

ありふれた正解の飽和

こんな商品の売れ行きが伸びている。こんなデザインがトレンドだ。直近のデータがニーズを物語っている。どれもエビデンスに則った正解と言える正しいアプローチです。しかしながら他社の正解をなぞったコピー品は、コピーを繰り返すたびに劣化を進めながら陳列され、市場はもはやどこもかしこも正解だらけ。「正解の飽和」という環境においては、正しさだけでは目的に辿り着けないものです。

ロジカルなアプローチ自体は賛成です。自らの感覚を大事にすることはとても重要ですが、感覚だけでアプローチするのは非効率ですし、何より客観的根拠が伴わなければ他者からの賛同や合意も得づらい。ましてや自分の目の届かないものを知るには、数字が絶対的に必要なのはいうまでもありません。しかし、点として今ある正解だけを見ていては、そのブランドが持つ本来の価値を抽出することはできないのです。

アビリーンのパラドックスというものを聞いたことはあるでしょうか?
父「みんなで旅行に行こう!(家でゆっくりしたいけどみんなのためだ)」』
娘「そうだね、行きましょう(行きたくないけど空気を読もう)」
母「2人が行きたいなら賛成(2人が言うからしょうがない)」
かくして、3人は行きたくない旅行に行くのでした。

これは「誰も望んでいない正解」が生まれる不条理の例え話です。点としてだけ見ていると、社会と企業の間でもこのようなディスコミュニケーションが起こり得ると私は考えています。

企業「こんな商品がトレンドだからきっと喜んでもらえるはず(私にはよくわからないけど)」
消費者「最近よく見るから流行ってるんだなきっと(私は好きじゃないけど)」

今手元にある数字やデータ、AIのもたらす回答といった絶対的な正しさだけを盲信すると、誰もが望んでいない正解に自分を合わせにいってしまう。その結果、望まない結末に着地してしまう可能性があるのではと思うのです。決してトレンドを無視して良いと言っているわけではありません。むしろトレンドや数字を、もっと俯瞰で洞察するべきです。そしてブランドが継続の上に成り立つものだとするならば、刹那的なコミュニケーションや決まりきったメソッドでは、一時の売り上げを作ることはできてもブランドを形成することはできないということを理解するべきなのです。ブランドは醸成するもの。時間をかけて揺るがない価値を顕在化させていくほかないのです。

必要なのは文脈を読む力

では求めるべきは何でしょうか。きっと必要なのは文脈や余白を読む力です。
AIの登場により点としての正解は、一瞬にして大量に生成することが可能になりました。しかし、それの中からひとつの正解を選ぶことが、必ずしも目的に沿った行為であるとは限りません。自分たちは何を継続してきたのか、その結果どんな価値を提供してきたのか。つまりはブランドを点でなく線で捉え、継続の上に自分たちが培ってきた価値を表現する必要があるのです。

「彼はドアに手をかけた」
この一文だけでは、希望を胸に旅立とうとしているのか、何かを恐れて逃げ込もうとしているのかはわかりません。文脈を無視したただの点では、その企業が持つメッセージや提供したい価値を伝えることはできないのです。

結論を言えば、「売れる商品」という点としての正解を求めるのではなく、「自分たちらしい挑戦」という線的なアプローチの帰結こそが、結果として差別化となりその行為そのものがアイデンティティとして確立されていくのではないでしょうか。そして、その線の末端にこそデザインがあるべきだと私は考えています。

多くの人はデザインを最後の仕上げ、言い換えれば表面的なシルエット(サーフェイス)だと捉えているかもしれません。しかし人体のシルエットが、日々の食事でつくられる肉体と骨格からしか生まれないように、デザインもまた積み重ねられた文脈の末端に現れる「必然的な形」なのだと私は考えています。その線の末端にあるデザインこそが、ブランドの現在地点を可視化したものなのです。

 

ディレクター 柚山哲平

COLUMN

論理と感性をつなぐ「言語化」とは

2025.12.09

論理と感性をつなぐ「言語化」とは

デザインを「論理的に語る」場面が、ここ数年で確実に増えたと感じています。「なんとなく良いから」では通じないなと感じているデザイナーは少なくないのではないでしょうか。良い悪いではなく、時代がそうなってきたのだと思います。

競合分析をして、ペルソナを置いて、ムードボードをつくって方向性を示す。
言葉と根拠を補強しながら、全体の整合性をつくっていく。
デザイナーにも「説得力」が求められるようになりました。ただここで少しだけ立ちどまって考えたいことがあります。

 

|目次
・「なんとなく良い」を大切にして良い
・論理は技術である
・感性は個人的で奥が深い
・だから「言語化」は、難しいだけのものではない
・もう一つ大事なのは「相手への関心」

 

「なんとなく良い」を大切にして良い

説得力と一見相反するようですが、私は「なんとなく良い」を大切にしてつくっていいと思っています。
むしろその感覚がないとクリエイティブは痩せていくように思います。

問題は「なんとなく良い」で終わってしまうこと。つくったその後に、他者の共感を得るストーリーへと昇華させるための論理的な思考が必要とされているのではないかと思うのです。

こんな良いものができた。
こんな良いストーリーができた。

そのワクワク感が相手に伝わって、はじめて人の心を躍動させるのではないでしょうか。「なんとなく良い」ではエネルギーが足りないことが多いです。

具体的にはこのような視点を自分に投げかけていたいと思っています。
・自分は面白がれているか
・人に語りたくなるか
・その提案を、心から「相手に届けたい」と思えているか

うまくまとめるほど、整うほど、熱が薄くなることもある。
だからこそ、論理だけに目を向けるのではなく感性を大切にする必要があると思うのです。

 

論理は技術である

デザインの仕事に求められる論理は、ある意味技術だと私は感じています。話の組み立てを決め必要なパーツを集める作業です。

たとえば、提案の場なら
・前提
・解釈
・提案

この順に並べるだけで、かなり伝わりやすくなります。

質問に答えるときは
・結論
・補足
この順で話すと、端的になります。

型があると頭が整理されますし、論理は比較的再現性がつくりやすいものだと思います。

 

感性は個人的で奥が深い

一方で感性は、もっと個人的です。

・自分は何を美しいと感じるのか。
・どうすれば心地がよいのか。
・どんな世界を目指したいのか。

これを鍛えるには、自分に向き合うしかない。外に答えはありません。論理よりも多様なものであり、複雑で奥が深い領域だと思います。「外に説明するため」ではなく、「内の解像度を上げるため」の訓練が必要です。例えば具体的なワークとして瞑想やジャーナリングなどが挙げられます。私の仕事であるコーチングもそのサポートです。感性を鍛えるためには自分自身との対話を避けて通れません。論理だけで答えが出ない時や選択肢が一長一短で悩ましい時、この感性を頼りに決断することになります。

個人的には最近映画がきっかけで内省をしました。『てっぺんの向こうにあなたがいる』と『栄光のバックホーム』です。どちらも実在の人物の生き様を元にした映画です。偉業からの闘病という同じシチュエーションで、どちらも「あなたは何にいのちを燃やすのか」と問いかけてくる内容でした。本当は何がしたいのか、死ぬ時にどうなっていれば後悔がないのか、改めて自身と対話をしました。

 

だから「言語化」は、難しいだけのものではない

論理の技術と、感性の鍛錬。
この2つが揃えば、言語化は特別に難しいものではないと思っています。先天的に得意な人もいると思いますが後天的にも鍛えられます。

それでももし言語化が難しいと感じるとしたら「十分に立ちどまれていない」可能性が高いのではないかと私は思います。

物事に気づくための余白がなかったり、
考える時間を捻出できていなかったり、
「本当はどうしたいか」に触れる前に進んでしまっていたり。

デザインにおける言語化のスキルは頭の回転の速さというより、論理の組み立て技術の習得と対象や自分との対話量に伴うものである。
そのように感じています。

 

もう一つ大事なのは「相手への関心」

そしてもう一つ、私たちの仕事がクライアントワークである以上外せないものがあります。それは「相手の想いを理解したい」という想いです。相手が何を大事にしていて、何を不安に感じていて、何を叶えたいのか。
それを理解したいと思えるかどうかで、提案の質は変わるのではないでしょうか。

信頼して、心を開いて、相手の言葉を受け取る。
その姿勢なしに人を説得して心を動かすものをつくるのは難しいのではないかと思うのです。

 

普段このような想いを書く機会はあまりありませんが、自分自身忘れないようにしたくて今の想いを言葉にしてみました。論理と感性どちらかではなく、両方。
その間をつなぐために、私は「言語化」にこだわっていきたいと思っています。

 

P.K.G.Tokyo  中澤亜衣

COLUMN

これからの時代のブランドと、私たちにできること

2025.12.02

今日あるものが明日もあるとは限らない、情報に溢れ何を信じたら良いのかわからない、そんな未来の読めない今この時代は「VUCA時代」と呼ばれています。

VUCAとは
V=Volatility(変動性:変化の幅が大きく、かつスピードが早い状況)
U=Uncertainty(不確実性:将来何が起こるか予測できない状況)
C=Complexity(複雑性:さまざまな要素が複雑に絡み合っている状況)

A=Ambiguity(曖昧性:物事の因果関係が曖昧になっている状況)
の頭文字をとったもので、元々は冷戦後の急速に変化する社会の状況を表すために生まれた言葉です。

2016年に開催された「世界経済フォーラム(ダボス会議)」において、「VUCAワールド」という言葉が使われたことがきっかけとなり、現代が「VUCA時代」だと広く認識されるようになりました。その背景には、テクノロジーの急速な進化、グローバル化、気候変動、パンデミックなど複雑に絡み合ったさまざまな要因があります。

このような時代の中で、ブランドが存在する意味について、そして私たちは何ができるのかを考えました。

|選ばれる理由をつくる
お茶を買おうとコンビニに入り、お茶コーナーの前に立ったあなたは、目の前にずらっと並んだ様々なお茶の中からどのお茶を選びますか?
「なんとなく手が伸びて」という感覚は誰にでも経験があると思いますが、そこには明確な理由があります。 この感覚には、世界観や安心感に加えて、過去のポジティブな使用経験、ブランドの一貫性、コミュニケーションの蓄積といった、価格や機能ではない領域の価値が影響しています。そしてこの直感的な感覚は、判断材料の多い環境でより強く働きます。 言語化しなくても直感的に伝わるブランドの価値は、同質化した商品カテゴリの中に埋もれず、長く選ばれ続ける理由になります。

|目印となる軸をつくる
時代が変わっても愛され続けるブランドには、揺るがない軸が必ずあります。
これは、他者と比べた相対的なものではなく「存在する理由」「価値観」「目指す未来」といった、ブランドの根幹となる絶対的なものです。たとえば、アウトドアアパレル企業であるパタゴニアは「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というミッション・ステートメントを掲げ、環境負荷の低減やリペアサービスなど、事業全体がこの軸を基点として展開されています。正解がなく不安定な時代において、この軸は判断の基準となり、迷ったときに立ち返る目印となります。

P.K.G.Tokyoは、「対話が導くデザインで、心が躍動するブランドをつくる」というパーパスを掲げています。
変化の激しい時代だからこそ、企業や商品が持つ本質的な価値を、対話を通して丁寧に見つめ直す伴走者でありたいと考えています。その過程で見えてくる「ブランドとして大切にしたいこと」が、変化する時代に振り回されないための強い支えになるのではないかと思います。

 

参考:https://sony-acceleration-platform.com/article616
https://www.patagonia.jp/home/

 

P.K.G.Tokyo 長畑莉央

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